48.銀行員の事件簿2.~取引先の応接室でほとんど土下座しました事件

《始まり》

それは都内のある支店で融資課長を務めていた頃のことでした。
その日私は、来期の業績目標作成のため、一人で支店の会議室にこもって作業中でした。
そこへ部下である融資課の支店長代理が青ざめた顔で駆け込んできて、こう言いました。
「課長!大変なことが起りました。取引先X社の専務から激怒の電話があって、直ぐに支店長を寄越せと言っています。でも支店長も副支店長も外出中で、直ぐには連絡が取れないのですが、どうしたらいいでしょうか?」と。
「X社の専務は、一体何をそんなに怒っているの?」と支店長代理に尋ねてその答えを聞いた途端、自分たちがとんでもない事件に巻き込まれたことを覚りました。
その内容を要約するとこうなります。

《何が起こったのか》

怒りの取引先X社は建設資材販売の会社ですが、今日その有力仕入先の一社であるZ社の社長から電話があり、X社の専務はその社長からの厳しい詰問を受けたというのです。
詰問に至った背景はこうです。

Z社のメイン銀行は、大阪にある我が銀行のY支店でした。
恐らくZ社からX社への販売取引に伴って発生した売掛金の額が、やや大きかったのだろうと思います。
Z社の社長は、X社が我が支店口座から振込を行っていたことから、X社のメイン銀行が自社と同じ我が銀行であることを認識していました。
そこでZ社は、自社のメイン銀行である我が銀行・Y支店にX社の「信用照会」つまり銀行から見たX社の貸付先としての信用度合の問い合わせを行ったのです。
するとY支店の担当者はこの照会に対して、あろうことか「X社は、当銀行の『問題先』です。」と答えてしまったのです。
銀行員から「問題先」と聞けば、それが銀行にとっての「信用不安先」を意味しているであろうことは素人でも解ります。
当然Z社の社長は、売掛金の回収に大きな懸念を抱き、取引の見直しも念頭に、事の真偽をX社の専務に問い質した、というのがあらましです。

《問題の本質》

この事件当時、「問題先」という銀行界共通の用語があったわけではありませんが、どの銀行にも貸出取引に際して消極的対応を行うべき会社に「旗を立てる」という制度は一般的でした。
我が銀行では、その「旗」を「問題先」と呼んでおり、そして実際にX社は我が支店の「問題先」だったのです。
恐らくY支店の担当者は、銀行内の検索システムを使ってこの情報を探り当て、深くも考えずに取引先Z社に漏らしてしまったものと思われます。

前回の「47.実の叔父さんに銀行員は大嘘つきだと言われました事件」のケースでは、叔父さんの会社が今回のZ社と同じく、銀行に販売先の信用照会を行い、「まったく問題ない先」という銀行員の回答を信じた結果、売掛金が焦げ付いて大損害を被ったのに対し、今回のケースは銀行員の回答が「問題先」であったために、名指しされた我が支店取引先のX社が、仕入先Z社からの信用を失って取引解消の危機に陥っているという構図です。
この二つのケースから、一般企業からの「信用照会」に対する銀行側の回答が、如何に大きな問題を生み出すかを理解して頂けるのではないかと思います。
だからこそ前回のケースで私が叔父さんに言い訳したように、銀行員には「守秘義務」が課されているのであり、とりわけ「取引先に関する銀行内の情報を第三者に開示すること」は厳禁なのです。
同じ銀行内にその禁止事項を堂々と破るような同僚がいたとは、当時の私には信じられないことでしたが、恥ずかしながらそれは現実に起こってしまったのです。

《恐怖と絶望》

話を元に戻しましょう。
私は、大事件の発生を認識すると同時に恐怖と絶望に身を震わせました。
それは支店のトップを務める当時の支店長の教えを思い出さざるを得なかったからです。
何かと言えば、「管理者たるもの”火事”の発生に気づいたら、直ちに現場に駆けつけて消火活動に着手せよ!」というものです。
真意は、「人は事件に巻き込まれると、往々に足がすくんで動けなくなる。『原因を究明してから』とか『まず最善の解決策を考えてから』とか『上司にお伺いを立ててから』とか、頭ばかりが空回りして手遅れになり、結果大惨事を招きがちである。何を差し置いても現場に駆けつけ、とりあえずの応急処置を行うことこそが管理者の責務であり、被害拡大を防ぐ要諦である。」というものです。
この時ほど、この支店長の教えを聞いていなかったことにしたいと思ったことはありません。
なぜならその時、支店長も副支店長も取引先課課長も外出中で、支店の幹部管理者は私しかいなかったからです。
ということは、「お前が直ちに現場に駆けつけよ!」と突き付けられたも同然です。
ましてやその時点でX社は私の担当先でも何でもなく、社長にも専務にも面識がありませんでした。
「そんな初対面の人間がどう言い訳したって、聞いてもらえるはずないじゃないですか!」とか、「まずは専務が落ち着くのを待って、その後の説明にした方がいいのでは?」とか、言い訳は次々に思いつきました。
でも逃げられないのです。
泣きたい気持ちで自転車を引っ張り出してペダルをこぎ、間もなく会社の入り口にたどり着きました。

《ひたすらの謝罪》

怖くてすぐに入られず、2,3回玄関前を往復してから、あきらめて受付に声を掛けました。
「〇〇銀行の何々です」と名乗った途端に、そのフロアの従業員が一斉に凍り付いた表情で私を見たのを覚えています。
応接室に案内されたらすぐに専務が入ってきて、「支店長はどうしたんだ!」と怒鳴るように言われました。
私は、支店長が外出中で連絡できていないことを説明した後、「この度はとんでもない事態を引き起こしました。誠に申し訳ありません。取るものもとりあえずお詫びに参上しました。なぜこんな間違った情報が出てしまったのかまったく解らず、現在調査中です。いわれのないご迷惑をおかけしましたこと、深く深くお詫びいたします。」
と、土下座こそしませんでしたが、ほとんど床すれすれまで頭を下げて謝りました。
当然この程度の謝罪で専務が収まるはずもなく、「問題先とはなんだ!ことの重大さが解っているのか!」とか次々と問い詰められました。
ただここからの私の対応はある意味簡単でした。
専務の電話から半時間余りですぐに来た私ですから、「何が何だか皆目見当もつきません。ただただご迷惑をおかけしていること申し訳なく、お許しください!」を平身低頭してひたすら繰り返すだけだったからです。
すると専務も怒り疲れてきました。
「お前では話にならない、絶対に支店長には説明してもらうからな!もう帰れ!」と言われ、ようやく解放されました。

《善後策》

支店に帰ると、すでに副支店長と取引先課長が帰店して私を待っていました。
事情と専務の反応を説明すると、すぐに二人一緒にX社へ謝罪に出かけて行きました。
両人が帰ってくる頃には支店長も帰店していて、私たちの報告を聞いた後、自らもX社に出かけました。
支店長は、帰店後私たち幹部を集めてこう言いました。
「幸いこの話は、病気入院中の社長にはまだ届いていないらしい。あの激しやすい社長がこれを知ったら、恐らくうちの取引はすべて他の銀行に持って行かれるだろう。しかしそれまでは出来るだけのことをしよう。まず私が明日、大阪のZ社を訪問して社長に直接掛け合ってくる。」と。
翌日出社すると、支店長から副支店長あてに電話が来ました。
内容は、「今、大阪行きの新幹線の中だ。すぐに副支店長からX社の専務に電話を入れて、私がZ社の社長に会いに行く途中であることを伝えてくれ。そしてその際、忘れずにこう付け加えること。『支店長は朝一番の新幹線に乗りました』と。」
支店長も策士です。
『朝一番の新幹線に乗った』と付け加えることで、支店長がこの事件の解決にどれほど一生懸命であるか、を先方に印象付けようとしたのです。

《決着》

この事件は、その数日後に無事決着を見ました。
要因の一つは、支店長のZ社訪問が功を奏し、Z社社長がY支店の「問題先」発言の根拠は解らないまでも、それが決して信用不安、ましてや取引代金の支払までをも不安視するような内容ではないと理解してくれ、X社への態度が和らいだことです。
もう一つは、X社専務が我が支店の代わる代わるの謝罪訪問と支店長の奮闘を評価してくれたこと、さらには専務自らが「社長の病気入院が銀行内では”問題”視されたりすることがあるんですか?」と言い出してくれたので、我が支店はそれに乗っかって、「確かにY支店の頭の悪い行員が勘違いしたということもあるかも知れませんね」と応じたことです。
結果、この事件が激高型のX社社長の耳に届くことは無く、一件落着となりました。

大事に至らず鎮火した第一の功労者は間違いなく、即刻大阪まで出かけてZ社社長を説得した我が支店長です。
ただ私自身は、「あの恐怖と絶望を乗り越えてすぐ現場に駆けつけ、土下座せんばかりの謝罪を最初にした自分も、少しは偉かったんじゃないの」と心の中で思っていたのですが、当然支店の誰の口からもそれを聞くことはありませんでした。

《最後にひとつ》

ここまで読んで、「なんだ『銀行員には守秘義務がある』と言いながら、お前自身がX社は『問題先』だったと明かしているではないか。仮名を使おうと本人なら自分の会社のことだと気づくだろう。」と思われた方がいるかも知れません。
でもその懸念はありません。
それはX社が、この事件の10年近く後に倒産して消滅したからです。
逆にX社は、銀行から問題先と呼ばれていようと、10年近くは借入金の元利返済も取引先への代金支払も継続できた企業だったということです。
銀行の問題先でなくても、10年の間につぶれていく会社は山ほどあります。
とすれば銀行の「問題先」とは一体何なのかと、という疑問も生まれてきます。
それは銀行が業務上の都合から行う一つの分類作業に過ぎず、そこに絶対的な真実があるわけでもなんでもないのです。
一般の人たちが銀行の信用判断は間違わないなどと思うのは幻想です。
言いたいことは、会社の信用判断というものは、自らのリスク認識と知見に基づいて行わなければならないことです。
そのためには、決算書という重要な情報源を活用するスキルが必要であり、そのスキルを組織内で形式知化し、標準化とスキルアップしていく必要性を説いているのがこのブログです。

今回は以上です。
次回は、事件簿3.「東京地裁の証言台に立ちました事件」です。

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