32.「手形貸付」の交換所決済は可能でしょうか?
今回のテーマは、前回からの続きで、「手形貸付」の疑問点についてです。
日本の実業界で使われている「手形」は、手形交換所での「不渡り」によって倒産を招く、極めて危険な負債であることは、前回説明しました。
では銀行界で使われている「手形貸付」の「手形」も、手形交換所の手形交換にかけて「不渡り」にすることができるのかというのが今回扱う疑問点です。
もしこれが可能であるということであれば、銀行にとっては取引先からの貸出金回収がとても楽になります。
なぜなら前回のブログで述べたように、返済期限に返済しない会社に対して銀行が取り得る対抗手段は、「これ以上の追加貸出しはしません。借入金は全額返済して下さい。」という催促を重ね得るだけで、差押えや強制執行という形で強制的に回収するためには裁判に訴えなければならないのです。
いや正確には銀行は、裁判によらない強制的な回収手段を取引先との間で「銀行取引約定書」の中で一応約定しています。
それは、「相殺」と「担保差押え」の二つです。
「相殺」とは、貸出金と取引先が貸出銀行に預けている「預金」とを銀行の一方的な意思表示により、対等額で相殺して貸出金を回収する方法です。
「担保差押え」は、貸出取引に際して取引先から提供された不動産や有価証券などに設定した「担保権」により、担保物を処分換金して貸出金の返済に充当すると示すことで返済を強制する手続きです。
しかし、返済額に足り得る預金が無く、担保提供も受けていない借入先に対しては、お金も時間もかかる裁判でしか返済を強制することが出来ないのが現実です。
しかし、「貸付手形」の交換所提示が許されるのであれば、返済を実行しない取引先に対して、「借入手形を不渡りにしないように返済金を準備しないと倒産ですよ」という一種の脅しをかけて返済を強制できることになります。
この問題に対する私の見解は、「貸付手形を交換提示して返済を迫ることは、法的に認められません。」というものです。
なぜかと言うと、今となっては数十年前の現役時代に当時の銀行の顧問弁護士に直接電話で尋ねた経験があり、顧問弁護士さんの回答内容が上記のものだったからです。
なぜ法的に認められないかについての顧問弁護士さんの説明は大きく二点でした。
一つ目は、「銀行の手形借入では、取引先との間で必ず期日決済するという合意の下で手形が振出されておらず、ほとんどの手形が期日継続されているという現実からも、手形期日であることだけをもって、返済を強制することは出来ない。」でした。
二つ目は、「手形交換所は、商取引にもとづいて振出された商業手形の決済を目的に設立された機関であることから、金融手形の交換決済は想定されていない。」でした。
当時の私にはとても説得力のある理由だと思えたので、以後この問題に対する答えだとみなすことにしたのです。
しかし銀行界すべてが、私と同じ見解を持っているかと言えば必ずしもそうではありません。
というのは、1990年代の金融危機を経て日本の多くの銀行は合併を繰り返しました。
私が顧問弁護士さんに質問したときに勤めていた銀行もその後合併して名前が変わりました。
きっかけが何だったかはもう忘れてしまいましたが、新銀行でも貸付手形の交換所決済が話題となって、法務部門の見解を照会したことがありました
その時聞いた法務部の見解は、「手形交換制度が認められている以上、貸付手形の交換所提示は法的に問題ない」との内容だったのです。
しかし私には前の銀行での顧問弁護士さんの説明の方がよほど説得力があり、実際裁判所の見解も同じ内容に落ち着くのではないかと思われて、今も納得できずにいる次第です。
みなさんはどう思われるでしょうか。
今回のお話はここまでです。
次回は、「契約」に対する日米の考え方の違いについて触れる予定です。