6.重要なのは「単体」です。「連結」はほとんど役に立ちません。
今回のテーマは、決算書に関する予備知識の一つ、「決算書には“単体決算書”と“連結決算書”の2種類がある」ことについてです。
以前のブログ、「決算書の生い立ちについて~その2」で、今の私たちが会社の業績評価の物指しとして当たり前のように使っている“利益”という概念は、17世紀初頭の株式会社の成立にともなう会計基準の変更によって一般化したと話しました。
この会計基準変更例のように、一つのルール変更が、人々の意識を大きく変えてしまうことが起こります。
だからこそ、ルール変更には、十分な熟慮・検討が必要だと思うのですが、単体・連結決算書の開示に関する現在のルールはルール変更に関する失敗事例だと私は考えています。
日本では法改正により2000年3月期から、株式公開企業に関して、それまでの「単体決算書を主とする」開示義務が、「連結財務諸表を主、単体財務諸表を従とする」開示義務に変わりました。
「連結決算書ってナニ?」と思っていらっしゃる方もいると思います。
例えば日本を代表するトヨタ自動車(株)を例にとれば、トヨタ自動車(株)一社のみの業績結果を示す決算書が“単体”決算書であるのに対して、トヨタ自動車(株)単体の決算書の数値に、五百数十社ある子会社の決算書の数値を合算調整したものが、“連結”決算書です。
その結果、トヨタ自動車(株)2023/3期・単体・決算書・損益計算書の売上高が約14兆1千億円なのに対して、連結・決算書・損益計算書の売上高は、37兆2千億円となります。
この連結情報重視へのルール変更から20数年を経た現在では、「決算書情報は連結ベースが最重要で、単体の決算書情報は参考程度とする」と考えている関係者が大半となっているように思われます。
ここでいう関係者の中身は、株式投資家がその主であり、会社経営者も含まれ、会計士などの会計専門家たちです。
貸付係のあなたが属する金融機関や会社への売掛債権などを持っている債権者は例外であって欲しいとは思うのですが、実際どうなのか自信はありません。
ひょっとしたら、いまや金融機関の中にさえ「貸していい会社かどうか」の判断を連結決算書の情報に頼っているところがあるのではないか、と心配している次第です。
その理由は、今回のタイトルにしたように、「債権者にとって、重要なのは“単体決算書”で、“連結決算書”はほとんど役に立たない」からなのです。
理由は簡単で、「貸出金の返済義務は、貸出先である単体企業にしか存在しない」からです。
ある親会社グループに属する子会社への貸出金が返済不能に陥った場合、連結対象子会社だからと言ってそれを親会社に対して返済請求することは、法的に認められないのです。
もちろん、親からの担保提供や保証の差入がある場合はこの限りではなく、担保・保証の範囲内で債権者から返済請求を受けることになります。
私が先日驚いたのは、この事実を一流の会計専門家でさえも理解していないのではないかと思えるケースに遭遇したことです。
というのは数年前、ある結構有名な大学の教授が書かれた「キャッシュフローについての本」が面白かったので、感想メールを送ったことがありました。
そのメールの最後に言わずもがなの悪い癖を出してしまい、「ケーススタディの粉飾決算書が連結ベースだったのが残念です。貸出の可否判断は、絶対に単体決算書によるべきだと思います。」と書き加えてしまいました。
するとうれしいことにとても丁寧な返信メールをいただきました。
ただその内容に少なからず驚いてしまったのです。
メールには、「子会社の債務は通常親会社が責任を負わなければならないことからすれば、連結財務諸表も一定の有用性を持つと考えます」とコメントされていたからです。
「親会社に子会社の借金返済義務はない」のは私にとっての常識だったので、思わず「えっ!ウソ!」と思いインターネットで調べてみました。
「子会社債務 親会社責任」で検索をかけると予想通り、以下の内容が出てきました。
東京地判平成17年11月29日(判例タイムズ1209号196頁)
「親会社は,子会社の株主であって,法律上,子会社の債権者との関係では,株主として出資額を限度として有限責任(商法200条1項)を負担するのみであり,その他,子会社の債務につき,子会社の債権者に対し,直接弁済の責任を負わない。すなわち,親会社が,子会社の債権者に対して,直接の弁済であろうと,子会社に資金を提供して子会社が弁済するという,いわば間接的なものであろうと,いずれの意味においても,親会社であることに基づき,子会社の債務の弁済について債務若しくは責任を負うことはないというべきである。」
有名大学の教授でさえ、親会社には子会社債務の弁済義務がある、と勘違いしているとしたら、一般の会計専門家や素人が同じ認識なのもやむを得ないことなのかもしれません。
だからこそ、2000年3月期からの「“連結”を主、“単体”を従とする」ルール変更には、大きな悔いが残るのです。
私の持論によれば、これは「株式投資家のためのルール変更」だったと考えています。
株式投資の世界では、「大きいことはいいことだ!」と考える世界だと思うからです。
会社単体の数字よりも、グループ合算数字の方が大きくなるのは当然で、それがさらに年々大きくなっていけば、世間的にはいかにも順風満帆に見えて、株価上昇の追い風になりそうではありませんか。
そのために現在でも、企業買収を次から次へと重ねることによって、連結の数字を大きくしている会社が後を絶たない状況なのです。
「貸付係にとって、連結決算書は役に立たない」理由は、先に挙げた「貸出金の返済義務は単体企業にしかない」で十分なのですが、あえて付け加えると「数字の連続性が保証されていない」ことと、「異常値原因の追究不能」も致命的です。
このブログの目的は、「決算書により“貸していい会社かどうか”を判断できるようになる」ことですが、そのためには「決算書を読む(=分析する)」ことが当然に必要です。
決算書分析の代表的手法の一つが、前期の決算書と比較分析する「期間比較」が挙げられます。
このブログでも今後しばしば登場させることになると思いますが、この手法は「連結決算書」には通用しません。
それは「連結決算書は、“数字の連続性”が保証されていない」からです。
どういうことかと言えば、“単体決算書”の場合は、単体というぐらいですから、前期も当期も対象先は、同一です。
トヨタの例で言えば、単体決算書の主体は、常にトヨタ自動車(株)です。
ところが連結決算書の構成会社は、トヨタ自動車(株)は変わりませんが、残り五百数十社ある子会社の顔ぶれが前期と同じではない可能性が十分にあります。
構成会社が異なれば、その合算である連結決算書の数値が変化するのは当たり前ですから、前期比較が意味をなさなくなるのです。
また、決算分析においては、決算数字の異常性に気づいたらその原因追及が欠かせませんが、構成会社が五百数十社もある上に、親会社以外、構成子会社等の決算書数字は一切公開されませんから、外部の目からの原因追及など絶対に無理なのです。
おそらく、連結決算書を作成した会社当事者でさえ、その異常数値の原因特定など不可能であろうと推測されるのです。
以上、今回は単体決算書重視のお話でした。
ではまた。
An intriguing discussion is definitely worth comment.
I believe that you should publish more on this issue, it may not be a taboo matter
but usually people don’t speak about these topics.
To the next! Cheers!!