4.決算書の生い立ちについて~その2

「決算書の読み方」をお話しするとき、できるだけ小難しい話は避けたいと思うものの、どうしても避けて通れないのが、”会計基準”についてです。
”会計基準”とは、損益計算書・貸借対照表を中心とする決算書やその付属書類など、「財務諸表を作成する際のルール」のことを指します。

“株式会社”の出現によって、人々の経済活動はより活発かつ複雑になっていきました。
“株式会社”は、今や現代経済社会に大きな影響力を持つ存在ですから、その“株式会社”各社が自分勝手な基準で自社の成績表たる決算書を作成していたのでは、外部の利害関係者に大きな損害を与えることになりかねません。

そこで決算書作成に関する統一したルールとして生まれたのが”会計基準”です。

ただ、”会計基準”というとそれだけで一冊の本になるぐらい大きなテーマですから、ここでの詳細な説明は省いて、決算書の作成ルールである「現金主義」と「発生主義」の違いについてだけ、簡単に説明したいと思います。

現在の”会計基準”においては、「“利益”=“収益”―“費用”」で計算されます。


この計算式において、何をもって“収益”とみなし、何をもって“費用”とみなすのかが、“現金主義”と“発生主義”の違いなのです。

“株式会社”出現以前の商取引では、代金支払の完了をもって取引の終了・利益の確定とされていましたから、取引終了時の“キャッシュ増加”額が“利益”額でした。
つまり「“キャッシュ”が動かなければ取引ではない」ということでもあり、キャッシュの受取である“収入”=“収益”、キャッシュの支払である“支出”=“費用”として、収入と支出の差額(“収入・収益”−“支出・費用”)、すなわち“キャッシュ増加”額=“利益”額とするのが「現金主義」です。

ところが、“株式会社”の出現以後になると取引が間断なく継続、重複するようになったために、ある一時点の“キャッシュ増加”額が当該“株式会社”の“利益”額を表さなくなり、「現金主義」が機能しなくなったのです。

“株式会社”は、株主からの出資金によって、成立する存在です。
株主にすれば、よりよい投資先を選別する観点からも“利益”を用いて、“株式会社”同士の成績比較を行う必要が出てきます。
そこで”株式会社”の“利益”計算の統一ルールとされたのが、「発生主義」です。

「発生主義」では、継続する取引に区切りを入れて、「いつからいつまでの」という期間を明確にした上での利益が計算されるようになったのです。
こうして生まれたのが「損益計算書」です。
ですから「損益計算書」は、正確には「期間損益の計算書」という性格を持っています。
そのため「損益計算書」の冒頭には、必ず「○年○月○日~○年○月○日」というように決算期間(最長一年間)が表示されているわけです。

これに対して、決算書のもう一表である「貸借対照表」は、決算時点での財産目録のような性格を持っていますので、損益計算書のようにいつからいつまでという期間表示とはならず、「○年○月○日」=「決算日」という時点表示となっているのです。

“株式会社”の出現以後、「現金主義」では“株式会社”の“利益”を計算できなくなった理由がもう一つありました。
それは取引量や取引金額が大きくなった結果、“掛取引” (かけとりひき)が全体の大きな割合を占めるようになったことです。
“掛取引”とは、簡単に言えば“後払い”のことです。
また個人に置き換えると、クレジットカード払い、あるいは“つけ”で買い物をするのと同じです。

なぜ“掛取引”の割合が増えたのかと言うと、“掛取引”は月1回など、一定期間内の取引をまとめて精算することができるため、領収書や請求書の発行、銀行振込の回数などが減り手間の軽減になること また、精算回数が減ることで銀行振込手数料も抑えることができるなどのメリットがあることです。

“掛取引”で販売した場合は「掛売り」、仕入れた場合は「掛仕入れ」となり、それぞれ「貸借対照表」に「売掛金」という資産、「買掛金」という負債が発生する原因となります。

また販売者側から見れば、商品を提供したにもかかわらず代金未収期間が生じることは、販売先に対する貸金とも考えられることから、”掛取引”は、“信用取引”とも呼ばれています。

話がちょっとそれますが、私にはこの「掛取引=信用取引」という用語を見ると、いつもある言葉が頭の中に浮かんできます。
それは、私が子供のころNHKで放映されていて大人気だった「ひょっこりひょうたん島」の登場人物、「トラヒゲ」のキャッチフレーズ「いつもニコニコ現金払い」というフレーズです。
「トラヒゲ」はデパート経営者なのですが、この合言葉で伝えたい真意は、「お客さん、うちはキャッシュ支払オンリーです。掛売り一切お断り!」ということなのです。
「トラヒゲ」のがめつい性格にピッタリのキャッチフレーズだと感じると同時に、商売の世界での「掛売り=信用取引の危うさ」をうまく伝えてくれているセリフだと思うのです。

さて、“掛取引”が増加すると、キャッシュは未だ動かないままに、多額の商品、サービスの引渡しが完了している状態が当たり前になりますから、この点においても、それまでの「キャッシュの動きだけを見ていれば商売の実態を判断することができた」「現金主義」では、どうにもならなくなったのです。

そこで、「キャッシュの動き」に代わる、取引の発生を認識する基準が必要となって生まれたのが「発生主義」による“利益”計算の考え方です。

現在の会計ルールにおける損益計算の方法を定めている「損益計算書原則」には、「すべての費用及び収益は、その支出及び収入に基づいて計上し、その発生した期間に正しく割当てられるように処理しなければならない。」と定められています。
つまり、キャッシュの動きを伴う支出・収入だけではなく、キャッシュ授受が未済の「信用取引も取引の発生」とみなすことが定められたのです。これが「発生主義」の考え方です。
この「発生主義」の登場により、”利益”が、それまでの「現金主義」の時代とは全く異なる性格を帯びるようになったこと、これが「決算書を読む」上で決して忘れてはならない大事件なのです。

何が変わったのかと言えば、「発生主義」の決算書では「“利益”が“キャッシュ増加”の裏付けを持たなくなったこと」です。
経済活動の真の目的であった“キャッシュ増加”が生じていないにもかかわらず、決算書上には多額の“利益”が計上されることが当たり前のように起こることになったということなのです。

だからこそ、貸付係のあなたは、本当の返済能力を確認するために、「“利益”による”キャッシュ増加額”はいくらなのか」すなわち、「”利益額”と同時に”キャッシュ利益額”を確認」することがとても大切になるのです。

以上で「現金主義」と「発生主義」の説明を終わります。ありがとうございました。

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