5.「資金繰の話」との出会い

今回の話題は、本筋から少し離れてちょっと一休みという感じです。

「思い出のあの時この時」という感じで、これからも時々現役時代のあれこれの出来事を合間に紹介していきたいと思っています。
今回のお話は、入社当初の私と決算書とのかかわりについてです。

今でこそ私は、このブログで「決算書の読み方」について解ったような解説をしていますが、実は入社当初は、決算書に対する知識などまったく無くて、毎日の仕事が苦痛で苦痛でたまらなかった時代がありました。

わたしの入社した銀行では、銀行業務に関する基礎的な知識は「銀行研修社」などの業者が主催する通信教育で学ぶことになっていました。
確か、通信教育のカリキュラムは、入社1年目の前半半年が「法務」で後半半年が「財務」でした。

私は大学の専攻が法学部だったこともあり、前半の「法務」は添削レポート課題にも熱心に取り組んで何とか修了したのですが、後半の「財務」に関しては最終的に修了資格は得たものの、添削レポートのほとんどは同僚のものの丸写し同然で、まったく勉強になっていませんでした。

そんな状態でも、入社2年目まではなんとか仕事についていくことが出来ていたのは、貸付係への配属とはいえ、仕事の中身のほとんどが貸付手形の期日管理といった事務仕事が中心だったからです。
問題は、3年目に都心の大型店に転勤となり、貸付係の“稟議担当者補佐”に任命されてからでした。

“補佐”であっても、主担当者が不在の際は、担当先の社長や経理責任者の訪問を受けた場合は、一緒に応接間に入って応対する必要があったからです。

そんな時、私はいつも心の中で必死に同じ言葉を繰り返して祈っていました。
それは、「お金を貸して欲しいという相談だけは絶対に、持ち出さないでください!」というものでした。

もちろん一介の担当者補佐が貸出依頼に対する可否判断を即座に答えられないのは当然ですが、それでも超優良企業と分かっている会社と業績悪化中と判断している会社とでは、おのずと次に依頼する資料などの中身も変わってくるではありませんか。

当時の私は、「決算書の読み方」がまったく解らず、「貸していい会社かどうか」の判断基準もなかったために、貸付係の一員としては不安で、不安でたまらない毎日を過ごしていたのです。

そんな時、同じ貸付係の仲間で飲み会に行った帰りの電車の中、4つ年上の主任さんから言われた一言が私を救ってくれたのです。
それは、「貸出の基本は、“資金繰”だ。まずはこの本を読んでみっちり勉強しろ!」と言われ、同時に「資金繰の話」という一冊の本を渡されたのでした。

さあまたここで新しい言葉が登場しました。
そう、“資金繰”です。

少し前のブログ~「キャッシュ利益」って何のこと?~の中で、「同じ“キャッシュフロー”と言いながら、その意味するところには6種類もの“異なったキャッシュフロー”がある」と言いましたが、この“資金繰”は、7つ目の“キャッシュフロー”なのです。

実は日本の金融界では、“キャッシュフロー”という用語が一般的になる前は、むしろこの“資金繰”の方が現在の“キャッシュロー”と同じ意味として使われていた用語でした。
つまり、「決算書が読めず」に悩んでいた私に、主任さんは「資金繰の話=キャッシュフローの話」という本を勧めてくれたということなのです。

「ワラにもすがる思い」だった私はこの勧められた「資金繰の話」という本を一気に完読しました。
読み終わった私は、そこで初めて当時の“資金繰”、今で言う“キャッシュフロー”の意味と重要性に気づき、「あっ、解った!」と思うことができたのです。

ただここでちょっと断っておきたいのは、当時の“資金繰”と私の提唱している“キャッシュ利益”は必ずしも一致していないことです。

私の言う「“キャッシュ利益”は、キャッシュでの利益額、取引の結果としてのキャッシュ増加額」を意味するのに対して、「“資金繰”という言葉は、キャッシュの収入と支出の予定を管理して、キャッシュ不足による支払不能を回避する」という内容の用語でした。

つまり、「取引の結果としてキャッシュが増加しているか」よりも、「支払資金不足にどのように対応するか」を考えるのが“資金繰”だったのですが、損益計算書の“利益”だけを見ていたのでは解らない“キャッシュの出入り”を問題にするという視点は、私にとってはまさに“目を覚まさせてくれる”ものだったのです。

これに気づけた結果、迷いの真っ只中にいた私の人生模様は一変しました。

「会社貸出のことなら、あいつに相談すると解りやすく教えてくれる」と、同じように会社に対する貸出案件に苦労していた外回り=営業担当の社員からほめてもらえるようになり、職場のちょっとした人気者にまで変身することができたからなのです。

40年以上前に起こった、「資金繰の話」という一冊の本との出会いが、私を貸出世界の闇から救い出してくれたわけですが、その後この話を誰かにするたびに、「自分もぜひ読んでみるから、その本を紹介してくれ」と頼まれることになります。

しかし、これは私の痛恨のミスなのですが、読んでから数年後、同僚だったか独身寮の知り合いだったか定かではないのですが、頼まれて貸出したらそのまま手元には帰ってきませんでした。
その後相当な時を経てから、自分でももう一度読み直してみようと、「資金繰の話」を再調達すべく探し回ったのですが、出版社も著者も忘れてしまっており、ついに手に入れることはかないませんでした。

いま改めて考えると、貴重な宝物をみすみす無くしてしまった自分は罰当たり者だ、と後悔しきりですが、覆水盆に返らずとあきらめざるを得ません。

でも、その罪滅ぼしではないのです、せいぜいこのブログで“キャッシュ利益”の説明に力を注ぎますので、どうか読者としてお付き合いいただけたらとお願いする次第です。
では、また次回に。

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